誰にも優しく寄り添う映画、空の青さを知る人よのテーマ
超平和バスターズのオハコ、秩父三部作の最後を飾る劇場版アニメ映画「 空の青さを知る人よ 」。学生の頃にあの花を見て大人に世代にはたまらない作品ですね。特にバンドやってたアラサーにぶっ刺さります。
同じく2019年公開のアニメ映画、天気の子のように雲がパッカーンと割れて澄み渡るような派手さはありませんが、また違った意味で「 空の青さ 」を見せてくれるいいアニメ映画でした。
なお、本記事は「 空の青さを知る人よ 」を紹介する記事ではなく考察記事です。ネタバレもあるのでご注意を。
夢が叶う場所と空の青さを知る人
高校卒業を間近にして両親を亡くし、幼い妹あおいのため上京を諦め地元秩父で働き始めたあかね。共に上京するはずだったあかねにフラれ、ビッグなミュージシャンになって帰ってくる来ると一人上京した慎之助。
13年後、高校生になったあおいの前に、なぜか高校生の姿をした慎之助の生き霊(?)が現れ、さらに30歳になった慎之助本人も街おこしのため呼んだ大御所ミュージシャンのバックバンドとして帰ってきて……というのが、アニメ映画 空の青さを知る人よのあらすじです。
キャッチコピーは「 これは、せつなくてふしぎな、二度目の初恋の物語 」。13年の時を越えて現れた"しんの"(こうこうせいのすがた)に幼い頃の初恋を思い出すあおい。叶わなかった想いを胸に、図らずも13年ぶりの再会を果たしたあかねと慎之助。
ダブルミーニング、トリプルミーニングなキャッチコピーですが、長井龍雪監督、岡田麿里脚本コンビ超平和バスターズがただの初恋物語で終わるわけがない。
本作の軸となっているテーマは二度訪れた初恋ではなく、自身の夢や願いを追うことと、誰かのために自分の夢や願いを諦めた先にある幸福の享受にあります。
それを「 空の青さを知る 」あかねと、どんな夢も叶う「 ガンダーラ 」を追い求め半ば挫折している慎之助。そして、姉と初恋の相手との間で揺れ動くあおいそれぞれの心情で描いたのが、本作「 空の青さを知る人よ 」なのです。
空の青さを知る人、あかねえ
ここでしかできないこと、私にはある。いろいろまだ、あきらめてないよ。うん。これからこれから。
映画『空の青さを知る人よ』より ©︎ SORA AO PROJECT TOHO
空の青さを知る人、といえば主人公の一人、あかねえですね。あかねさん結婚してください。あおいちゃんとも仲良くします。秩父にも引っ越します余裕です。
閑話休題。
もともと「 されど空の青さを知る 」はあかねが卒業アルバムに書いた言葉でした。両親を亡くした13年前当時、現実問題として上京は難しい状況でしたが、仮に親戚からあおいを預かる申し出があったとしても、あかねがあおいを差し置いて慎之助を選ぶことはなかったのでしょう。
おにぎりのリクエストを無視されまくった記憶がまだ鮮明に残っている"しんの"は、あかねのその想いにも気づいていました。
まーた昆布だったな。おにぎり、俺があんだけツナマヨがいいって言っても、いつもあおの好きな昆布で。
だけどさ。いまならわかる。井の中の蛙、大海を知らず。されど空の青さを知る。あかねの好きな言葉。
……ツナマヨじゃ昆布に叶わないよな。空の青さを知っちまったら。
映画『空の青さを知る人よ』より ©︎ SORA AO PROJECT TOHO
東京に出て大海を知ることはできなかったあかねでしたが、地元秩父であおいとの生活を送ったからこそ「 空の青さ 」を知ることができたのです。
もちろん、あかねが慎之助のことが大切だったのも間違いありません。その証拠に「 ミュージシャンはやめて身を固めようかな 」と弱音を吐いた慎之助には「 30なんてまだまだ若造なんだからもう少し頑張ってみれば 」、とエールを送っています。そのくせ陰ではあおいにも見せたことのない涙を流したり。
ミュージシャンをやめて地元に帰る発言は、ある意味で慎之助からあかねへのプロポーズだったとすらいえます。13年前、苦渋の選択を迫られ慎之助に別れを告げたあかねにとって嬉しい言葉だったはずです。しかしあかねは承諾せず、慎之助にミュージシャンとしての道を諦めないよう諭しました。自分が我慢してでも、大好きな慎之助にミュージシャンとして大成し夢を叶えてほしい。あかねはどこまでもお人好しなんです。ババア結婚してくれ。
どんな夢も叶うガンダーラを求めた慎之助
……夢はかなえただろ
映画『空の青さを知る人よ』より ©︎ SORA AO PROJECT TOHO
一方、「 どんな夢も叶う場所 」ガンダーラはプロミュージシャンを目指し上京した慎之助を象徴しています。
ギターにあかねスペシャルなんてこっぱずかしい名前をつけるほどあかねが大好きな慎之助は、家庭の事情を理由にフラれたぐらいではめげませんでした。ミュージシャンになる夢を「 ビッグなミュージシャンになってあかねを奪いに来る 」にアップデートし、単身上京。
ラスト、あかねの車で二人きり+αのシーンで慎之助は「 お前も諦めない 」とあかねに告げますが、慎之助は最初から夢もあかねも諦めていなかったのです。ミュージシャンになるだけでなくあかねとの恋愛を再度成就させるのが慎之助の夢であり、そのすべてがかなう場所こそが慎之助にとってのガンダーラだったのです。
なお、このとき慎之助はあかねへの未練を断ち切るようにあかねスペシャルをバンド練習に使っていたお堂に置き、ケースにはこれまでの思い出の品を詰めてガムテープでぐるぐる巻きにして封印しました。このことが、13年後"しんの"が現れる要因となりました。
置いていった"しんの"の想い
高校生の姿で現れた“しんの"は、13年前慎之助が前に進むためにあかねスペシャルと一緒に置いていったあかねへの想いそのものです。
13年前、慎之助の心中には「 ミュージシャンの夢は諦めてあかねとずっと一緒にいる 」という選択肢もありました。
あの日、あかねに東京にいかねえって言われて、すげえショックだった。東京行って、バンド組んでガンガンライブして、デビューして、毎日楽しくやって、それが俺の夢だったけど、それって全部あかねがいるってことが前提だった。ビッグなミュージシャンになって迎えに来るって言ったって、実際どうなるかわかんねえしよ。映画『空の青さを知る人よ』より ©︎ SORA AO PROJECT TOHO
東京が必ずしもどんな夢も叶うガンダーラとは限らない。ビッグなミュージシャンになれないかもしれないし、もしかしたらあかねが他の男と交際して結婚してしまうのでは、なんて不安もあったのでしょう。単純にあかねが一緒でなくて寂しい想いもあったはずです。
そうした未練を断つため、慎之助はあかねと一緒に買いに行ったギター「 あかねスペシャル 」をお堂に置き、ギターケースにはバンドメンバーやあかね写真やライブのフライヤーなど思い出の品を入れて東京へ持っていきます。
「 あかね 」は置いていくけど、思い出は一緒に、ってところでしょうか。
しかし、慎之助は一応プロのギタリストなることには成功するも、自身のソロデビューは鳴かず飛ばずで挫折。ビッグなミュージシャンどころか挫折し、くすぶっていたところに望まない形で地元への凱旋が決まってしまいます。それで、気持ちが「 ミュージシャンは諦めてあかねと一緒にいる 」方へ傾いてしまった。
そして作中冒頭のシーン、13年前に封印したギターケースを開いたことがきっかけになって、あかねスペシャルに閉じ込めた想いが"しんの"形で噴出したのです。
結ばれるあかねと慎之助
その後なんやかんやあって最終盤。まっすぐな"しんの"の姿にかつての気持ちを思い出した慎之助は、ライブ会場へ向かう車中で思いの丈をあかねへぶつけます。
俺さ。俺、ちゃんと前に進んでんだと。けど、まだ全部途中なんだ。途中だったって、思い出した。だから、諦めたくないんだ。俺も。
だから、お前のことも諦めない。
映画『空の青さを知る人よ』より ©︎ SORA AO PROJECT TOHO
慎之助の言葉に、あかねが答えます。
3人でかぁ。そっか。あおい、もうあの頃の私と、同じくらいだったんだ。
……今度、ツナマヨのおにぎりでも、作ってみようかな。
映画『空の青さを知る人よ』より ©︎ SORA AO PROJECT TOHO
後部座席に乗っていた"しんの"はその言葉を聞き届けるようにして消えました。未来の自分がミュージシャンの夢を諦めることなく、あかねへの想いも伝えたうえ、あかねも「 ツナマヨ宣言 」を返した。
夢を追う。あかねのことも諦めない。あかねも応えてくれた。想いはすべて果たされたのだから、これ以上"しんの"がこの世界に留まる理由がなくなったのでしょう。
ただひとつ、一人取り残されたあおいへの気がかりを除いて。
“しんの"がこれまで出られなかったお堂の見えない壁を突き破る瞬間、あかねスペシャルの弦がすべて弾け飛ぶように切れる演出がとてもよかった。これは"しんの"が封印されていたあかねスペシャルから解き放たれたことを示唆する演出でしょう。
ギターの弦は、ブリッジのコマとナットの2ヶ所を支点にしてピンと張られてテンションを保っています。ビッグなミュージシャンになる道とあかねとともに地元に残る道の間で揺れる想いを弦に喩えたのかもしれません。そのどちらかに揺れる気持ちをはっきりと断ち切ったからこそ、しんのはお堂を飛び出し、空を駆けてまっすぐにあかねの元へ飛ぶことができたのでしょう。
にしても、ギターの一弦以外が切れるなんて滅多にないんですけどね……しかもギター本体ごと弾け飛んでお堂の床に叩きつけられてるとか。ネック折れるぞあかねスペシャルもうちょい大事にしろ?
ラスト、空の青さを知ったあおい
私はまだ探している。どんな夢も、かなう場所を。
映画『空の青さを知る人よ』より ©︎ SORA AO PROJECT TOHO
最後に、姉のあかねと同じく空の青さを知ったのが本作の主人公あおいです。
昔のまま夢と希望に満ちた"しんの"(&嫌味でダメ人間な慎之助)が現れたことで、あおいは幼心に抱いていた"しんの"への想いに気付いてしまい、大好きなあかねの間で揺れることに。姉妹して同じ相手を好きになろうとは血は争えない。
私はしんのが好き。慎之助じゃなく、いま、ここにいるしんのが好きなの。ずっと一緒にいたい。慎之助の中に戻っちゃうぐらいなら、今のままでいてほしい。
だけど、だけど! 私はあかねえも大好きなんだ!
あかねえは慎之助のことがまだ好きなんだよ。あかねえの幸せを考えたら。でも、そうしたらしんのが!
もう、どうしていいかわかんない。ねえ、どうしたらいい?
映画『空の青さを知る人よ』より ©︎ SORA AO PROJECT TOHO
しかし、慎之助の夢を応援して陰で泣くあかねの姿を目撃し、家で「 あおい攻略ノートを 」を見つけたことで、あおい悟ります。あかねがいかに自身を犠牲にし、慎之助とあおいのために尽くしてくれてきたか。
そしてラスト、あおいはあかね、慎之助、"しんの"の三人だけで先に戻るようにいい、自身は車に乗りませんでした。あおいは"しんの"とはこれでお別れだと承知のうえで、自身の恋心よりもあかねを優先したのです。
空の青さを知るあかねが昆布のおにぎりばかり握ったように、あおいもあかねのために"しんの"への想いを諦めたのです。
あかねがあおいのために大海たる東京へ出ることを諦めたのと同じ年頃になって、あおいもまた「 空の青さ 」を知ることとなりました。
自分史上最高視聴率のラストシーン
ラストシーン、自身が「 山の壁に囲まれた巨大な牢獄 」と称した田舎の道を一人駆け、矢も盾もたまらない様子でジャンプする主人公あおい。
このジャンプの低さがまた胸を打つ。
行きは"しんの"と空を飛んでいったあおいが、帰りはあかねのために3人で車で帰るように言う。"しんの"とはこれでお別れだと理解していながら。
“しんの"への想いが溢れ出したあおいは走りだし、渾身の力でジャンプ。しかしどんなに力いっぱいに飛んでも、"しんの"と一緒に飛んだ空は遠い。それであおいはまた哀しくなって、泣きだしそうになっちゃう。実はこのとき、消えて空に溶けかけていた"しんの"はあおいの姿を見ていましたた。
泣かせまいとあおいのおでこめかげてふっと吹き込んだ息が一陣の風になって吹き抜ける。その突風に煽られ立ち止まったあおいは、それが"しんの"の優しさだと悟って、「 泣いてないし! 」と叫ぶ。
同時に彼女は、"しんの"がもう実体を持たなくなったことを、自分の初恋だった高校生の"しんの"とは本当にもう会えないのだと悟るのです。
ラストのラストでエモすぎて心臓止まるかと思った。なあ"しんの"、俺のでこにも風吹きかけてくれよ。
まとめ:映画 空の青さを知る人よ考察
超平和バスターズの代表作ともいえる「 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない 」が2011年。当時学生だったけど、いまでは働き始めた方も多いのではないでしょうか。
ちょうどアラサーだったり迫り来るアラサーの壁に焦っている方も多いかもしれません。9年前には無尽蔵に思えた希望も夢もすべて叶うわけではない。
もう諦めてしまった人にも、まだ諦め切れない人にも。そっと優しく寄り添ってくれる。それが「 空の青さを知る人よ 」という作品のよさに思えます。
どんな人にとっても、空の青さだけは変わらないはずですから。
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