尚隆が斡由に入れ込み、天意を試した理由【東の海神 西の滄海・漂舶】

2022年7月26日

もともと破天荒な性格なのでわかりづらいんですけど、尚隆の斡由への入れ込みようは異常です。

もう詰みなのに一騎討ちで自身を殺す機会をやったり、その後毎年六太にも内緒で墓参りまでしてるし(外伝 漂舶で)。

さすがに入れ込みすぎじゃない?

断定的な書き方をしていますが、あくまで私個人の考察による見解、妄想です。

「尚隆はそんなにメンタル弱くない」だとか、「一時でも尚隆から天意が離れるわけがない」といった意見もあるかと思います。あくまでもいち十二国記ファンによる戯言なので、ご不快の場合軽くスルーしていただけると幸いです。

行動しなかった尚隆と行動した斡由

十二国記東の海神-西の滄海表紙の尚隆と六太

新潮社十二国記公式ページより ©小野不由美 / 新潮社。

尚隆の斡由への入れ込みようには理由があります。誰でもOKって尻軽ではないので謀反を計画中の方はご注意。

尚隆にとって斡由は、過去の自分ができなかったことを二重の意味でやってのけた存在。だから特別なのです。ヴェルタースオリジナルくれたろか!

蓬莱で小国の跡継ぎだった尚隆は、父のやり方では立ち行かなくなることを予見していました。しかしなんらに行動を起こせず、結局国は滅亡してしまいます。

このままではダメとわかっていながら、父を追い落とす選択はできなかった尚隆。一方、斡由は先王の時代に圧政を敷いた父を追い落として実権を握り、善政を敷きました。

道理を守って民を失った尚隆にとって、斡由は自身ができなかった選択で民を救うことに成功した存在なのです。たとえそれが正式な手順から外ずれた非道であっても、です。

それだけにとどまらず、斡由は延麒を人質にとり上帝位を用意して実権を明け渡すよう、尚隆に求めてきます。

かつて「父では国が滅ぶ」と思いながらも行動できなかった尚隆が、「尚隆では国が滅ぶ」と糾弾されたわけです。

尚隆は斡由の行動を「二重の簒奪」と断じましたが、尚隆は内心、斡由に過去の悔いをも責められている気分になったのではないでしょうか。

それは二重の意味で、「尚隆が民のためにとるべき行動だった」かもしれないのですから。

斡由ではなく自身の天意を諮るため?

正式な手順からは外れていても、行動の結果民を救った斡由を、尚隆は評価していました。だからこそ東の海神 西の滄海終盤、リスクを負ってまで剣による決闘の機会を与えてやったのでしょう。

実際のところ、決闘のとき斡由は白沢にさえ見限られ、すでに謀反そのものが瓦解した状況。それでもあえて尚隆は天意を諮る機会を与え、剣まで渡しています。

もちろん、思い余った斡由が六太や家臣を手にかける可能性とか、いろいろな判断もあったと思います。

しかし、それにしても王自ら決闘はリスクが高すぎる。実際、作中でも更夜が咄嗟にろくたを止めていなければ尚隆とて危ないところでした。

それでもあえてチャンスをやったのは、斡由のためではなくむしろ尚隆自身のためだったのは?

尚隆は死んでも本望だった

実際のところ、尚隆は斡由の天意では斡由を通して尚隆自身を天意に諮りたかったようにも思えます。

そういう意味では、尚隆はたとえ斡由に斬られて死んでも本望だったでしょう。

もし天意に見放されているのであれば、尚隆は雁から自身を取り除くことで民を救うことにつながるのですから。

十二国世界、常世のルール上、長い目で見れば愚王が長引くより、さっさと次の王が立った方が国のためになります。

その点、かつて自分の命を犠牲にしてまで民を逃がす覚悟だった尚隆が、いまさら天意に見放されてまで玉座にしがみつくはずもありません。愚王ともいえる父を放置し、民を失ったことを後悔していれば尚更です。

同時に、尚隆が死ねば「父ではダメ」「尚隆ではダメ」と糾弾した斡由が正しかったことに。

そういう意味では、斡由との対決は尚隆自身の過去と現在を天意に諮るのにこれ以上ない機会だったのです。

天意が尚隆を見放していた可能性

私たち読者からすれば、尚隆が天意に見放されていたなんて考えられません。

しかし、この時の尚隆は自身に天意がないと疑っていたと考えられます。冷静に分析すれば、当時の雁は危機感を持つに足る状況です。

先王時代の傷は癒えつつあったとはいえ復興はまだまだ。践祚から20年近く経っても漉水の治水が手つかずなほどなのです。実際、口車に乗せられていたとはいえ、斡由の謀反は多くの民が支持していました。

しかも、この時点では延麒 六太ですら尚隆を信頼しきれていないのです。

あの武断の王 驍宗ですら「時折自身を恐れる様子をみせる泰麒の目が恐ろしい」と語ったぐらいです。天意と民意の顕れとされる麒麟の態度を感じとっていれば、尚隆でも思うところがあるでしょう。

たぶん天意は去りつつあった

自説の上に自説ですが、私は実際に天意は尚隆から離れつつあったと思えます。

斡由の言ってることは正論でした。真意はどうあれ、尚隆は政務そっちのけで市井に出て遊びまわっていたし、漉水の治水をはじめとした重要な事業が間に合っていなかったのも事実です。

もちろん尚隆が本気で国のために行動していたことを読者は知っていますです。しかし国を想う気持ちが本物でも、結果が伴わなければ天意は離れます。

たとえば短編「華胥」では采王 砥尚が本気で国をよくしようと奮闘していましたが、結果が伴わず不本意な結果に終わるさまが描かれています。

そういう意味では尚隆から天意が去っても不思議はありません。それで天の加護も弱まり、延麒もふらふらと拉致され王朝の危機に陥ることに。

もちろん、麒麟を拉致されるほどの危機を最低限の犠牲で乗り切り、漉水の治水問題まで解決した尚隆の手腕は評価すべきです。

しかし、実際には簒奪者一番の臣で卑怯な手段で六太を拉致した張本人、更夜に放った言葉こそがターニングポイントだったように思えます。

「国が滅んでもいいだと? 死んでもいいのだとぬかすのだぞ、俺の国民が! 民がそういえば、俺は何のためにあればいいのだ!?」

「俺はお前に豊かな国を渡すためだけにいるのだ、……更夜」

小野不由美著 新潮文庫 完全版 十二国記 東の海神 西の滄海より

斡由に失望した延麒 六太が尚隆の言葉を聞いたことで、天意も尚隆を再評価した、が私の意見です。

あの世界では言葉にするって結構大事だと思うんですよね。尚隆の言葉を受け止めた当の更夜が、のちに天仙 犬狼真君として一人の少女にかけた言葉が一番の根拠。

「覚えておくんだね。祈りというものは、真実の声でなければ届かない」

「本音でなければならないんだよ、お嬢さん。--そうでなければ、天の加護は得られない」

小野不由美著 新潮文庫 完全版 十二国記 図南の翼より

まとめ:尚隆が斡由に入れ込み、天命を試した理由

にしても斡由は惜しいことをしました。尚隆の「温情を大盤振る舞い」は本気だったはずなんですよ。なんせ更夜も無罪放免だし、白沢なんて冢宰です。

斡由が最後に尚隆に刃を向けず、真摯に罪を償ってさえいれば、尚隆の臣として厚く迎え入れられたかもしれない。なにせ毎年斡由の墓参りするほどの入れ込みようですから……(この辺りは外伝 漂舶で描かれています)

にしても、十二国記シリーズをはじめて読んだ当時は歳の近い陽子や珠晶の方が好きで、正直なところ尚隆にはあまり感情移入できずにいたんですが。

不思議なもので、それなりに歳をとったいまでは尚隆の気持ちも考えられるようになってきたように思えます。少しは大人になれた、ってことかな。