【魔性の子】異世界転生・召喚ものの裏側をリアルに描いたアンチファンタジーなホラー小説

2019年11月6日

ホラー要素の強い小説を得意とする小野不由美さんの一作、魔性の子。シリーズの番外編のような位置付けでありながら、実は十二国記のどの作品よりも早く発表されていた作品でもあります。

十二国記とは切っても切り離せない作品ながら異色を放つ魔性の子のレビュー&読後感想です。

軽くあらすじには触れていますが、一応ネタバレなしのつもり。

異世界もののリアルな裏側を覗ける魔性の子

十二国記シリーズの一編魔性の子

本作魔性の子のなにが面白いって、いま流行りの「 異世界転生もの 」「 異世界召喚もの 」の裏側を現代日本に住まう一人の青年の視点でリアルに描いている点です。実は魔性の子自体は日本ファンタジー小説の金字塔 十二国記シリーズの一篇。

十二国記も杓子定規にジャンル分けしてしまえば「 異世界ファンタジー召喚ラノベ 」。そんな十二国記で起こったとある重大事件の裏側を描いたのが、魔性の子なのです。

しかし先述の通り、実のところ魔性の子は十二国記シリーズ本編よりも先に発表されているうえ、舞台は現代の日本。そのためかファンタジー色はほとんど感じられず、ところどころある十二国記との接点はホラーチックな印象で描かれています。

これがとても面白くて、いわゆる異世界ものの裏側を一般人の視点で覗いているような状況なのです。

実際に異世界召喚ものがあったとしたら、こんな感じになるだろうっていう、リアルなシミュレーションによる答えのひとつでもあります。

あらすじをざっと説明すると(ネタバレなし)

一応魔性の子の物語をざっと説明。重大なネタバレはなしです。

舞台は現代日本、海沿いにあるとある街の高校。かつての母校に教育実習生として里帰りした青年 広瀬は、受け持つことになったクラスで目立たないけれどどことなく異質な高校生 高里要(たかさとかなめ)と出会います。

広瀬は高里が10歳のころ1年間神隠しに遭ったことを知り、強い親近感を持ちます。広瀬には幼いころ生死の境をさまよった経験があり、そのとき目にした「 異世界 」の光景を忘れられずにいました。

一度あの世界へ行きたいという憧れ、自分は「 故国喪失者 」であると疎外感を抱いてきた広瀬にとって、高里はこの世界で初めて出会った異端の人物。広瀬にとって唯一無二の同類でした。

しかし高里は神隠しからの帰還後、「 高里に害を加えたものは必ず事故に遭う 」祟りがあると噂される異質な存在。実際に、害を加えた者の善意・悪意に関わらず着実になされる、事故とも報復ともつかない不気味な事件が起こります。

ふとしたきっかけて恐怖が狂気に変わり、高里をかばう広瀬を巻き込んで満ちていく悪意と報復。事態は収束することなくエスカレート。

そして人々の狂熱にもはや収拾がつかないと思われたそのとき、物語はこれ以上ないほど恐ろしく残酷な、驚愕のラストを迎えるのです。

本好きにとってこんなに救いのない物語はない

私の個人的な感想ですが、魔性の子はホラーでありながらホラーではないそれこそ異質な作品です。異質を以て異質を描いたかのようなどこまでも異質な小説です。魔性の子には明らかに「 人はいまあるこの世界で生きるもの。別世界になんか行けない 」というメッセージを発信しています。

どんなに物語にどっぷり浸かっていても、読み終えたあとはこの世界で生きていく人々へのメッセージです。ほとんど人生観です。

とてもホラー小説のテーマとは思えませんし、ましてや異世界ファンタジー小説の金字塔である十二国記シリーズで描いていいテーマとも思えません。

実は魔性の子は時系列的には十二国記シリーズ後半にあった事件を裏側から描く小説でありながら、出版されたのはシリーズ第一巻にあたる月の影 影の海よりも1年前。

魔性の子が出版されたときにはすでに十二国記の構想が固まっていたはず。なのに、作者の小野不由美さんはあえて、これから十二国記を読んで抱くであろう、読者たちの異世界への憧れを否定するかのようなテーマ性を、魔性の子に持たせました。

十二国記を読んで成長した人々に過大な憧れを持たせないため?

もとより小説や物語を楽しむ人々は、少なからず「 ここではないどこか 」への憧れを抱いています。ファンタジー小説が好きな人ならなおさらでしょう。

小野不由美さんとしては、十二国記という壮大なファンタジー世界を作り世に送り出すにあたって、前置きとして多くの人々へメッセージを出したかったのではないでしょうか。

「 十二国記もあくまで一つのフィクションなのだから、異世界に憧れすぎないように 」と。

ちなみに、十二国記本編のメインストーリーにおける主人公は一人の女子高校生と男子小学生です。ラノベである十二国記にとって、当初想定していた読者層が小学校高学年〜高校生くらいの少女だったことでしょう。

一方、魔性の子の実質的な主人公は高里でありながら、読者の視点は広瀬に固定されています。ホラー気味の作風も相まって、十二国記本編に比べると想定した対象年齢が少し高めとわかります。

もしかしたら魔性の子で語られる「 人はここで生きるしかない 」というテーマは、十二国記にどっぷりハマった中高生たちが大人になり、広瀬に感情移入できたときに気づくよう仕込まれたメッセージだったのかもしれません。

そう思いたいのは単純に、ちょうど私がそのパターンだったからなのかもしれませんが……

まとめ:魔性の子は転生もの・召喚ものの裏側をリアルに描いたホラー小説

自分の居場所はここではない。もっと素敵な世界があるはずだ、と、そうした憧れは誰しもお持ちなのではないでしょうか。特に小説を読む方、なかでも転生ものや異世界ものを含むファンタジーはその傾向が強いものでしょう。

私も十二国記の世界に行きたいと何度願ったことか。はやく蝕に巻き込まれたい。

そういった方にとって、魔性の子のラストシーンの残酷さと絶望感は、物語好きには耐え難いものではないかと。これだけの感情を読者に巻き起こせる小説は稀ですね。まさに名作です。

しかし天帝ともいえる小野不由美先生はダメと仰る。それでも私はまだ憧れに整理がつかず、本を積んでは片づけているのですが。十二国記の罪は深い。

さぁ蝕よ、いつでもこい!!