白銀の墟 玄の月に登場する歌 戦場南 全文&考察【十二国記】

白銀の墟 玄の月に登場する歌 戦場南 全文&考察【十二国記】

白銀の墟 玄の月 第一巻・第二巻作中で繰り返し歌われた兵卒だちの歌 戦場南

私たち蓬莱の十二国記ファンの心をざわつかせてくれる不吉な歌詞が印象的です。

実は戦場南、実在する古い漢詩なんですよね。今回は戦場南の全文と原文に当たりつつ、戦場南がもつ不吉な歌詞の意味とフラグを考察します。

例によってネタバレを含むので、白銀の墟 玄の月 第一巻・第二巻を読了の方のみお読みになることをオススメします。

不吉な歌、戦城南は実在する中国の漢詩

槍と剣の時代の戦争イメージ

不吉すぎる兵卒らの歌、戦場南。

白銀の墟 玄の月 第一巻で・第二巻で何度も登場する兵卒の歌、戦場南

ところどころで歌詞が省かれていたりしますが、すべてまとめたのが下記。

城の南で戦って、郭(とりで)の北で死んだのさ

野垂れ死にしてそのまんま、あとは烏が喰らうだけ

おれのため 烏のやつに言ってくれ
がっつく前にひとしきり もてなすつもりで泣けよって
野晒しのまま ほら、墓もない
腐った肉さ 一体全体どうやって お前の口から逃げるのさ?

川音ざんざん 岸の茂みはまっくらけ
勇まし騎士さま 戦って死んで
馬っこ残され うろうろ困って鳴くばかり

身代を築くのにさ どうして南? なんで北?
そこの禾黍(みのり)を刈らないで
お前さま、いったい何を食うんだい
これで忠臣になろうって どうやってなりゃいいのかね?
充分いい臣下(けらい)さ、お前さま 思ってやりなよ
本当にさ、臣下のことを想ってやったらどうなんだい

朝にぴんしゃん出掛けて攻めて
暮れて夜には帰らない

小野不由美著 新潮文庫 完全版 十二国記 白銀の墟 玄の月 第一巻より

調べてみたところ、李斎も知っていたこの歌「 戦城南 」は現実の中国に伝わる古い漢詩でした。詠み人は不明。

昔の中国にあった歌が崑崙からの山客が十二国世界に持ち込まれたのかもしれませんね。饕餮とか玉葉とかも中国に実在する伝説だし蓬山(泰山)も実在する山だったり、結構崑崙と十二国世界のつながりは強いのかも。

にしても節々に驍宗や戴の現状を暗示したような歌詞もあります。よくマッチしているというかなんていうか。

もしかしたら最初から戦場南をモチーフにして黄昏の岸 暁の天~白銀の墟 玄の月が書かれているのかもしれませんね。

戦場南 原文と和訳

漢詩と中国文化さんで戦城南の原語&和訳を詳しく載せていたので、引用します。太字部分が元の漢詩。

戰城南 城南に 戰ひ
死郭北 郭北に 死す
野死不葬烏可食 野に死して葬られずんば 烏食ふべし
為我謂烏 我が為に烏に謂へ
且為客豪 且く客のために豪せよ
野死諒不葬 野に死して諒に葬むられず
腐肉安能去子逃 腐肉安んぞ能く子を去てて逃れんと

城南に戦って、郭北に死す、野に倒れて死ねば烏が我が肉を食うだろう、我がためにカラスにいってくれ、しばらく食うのをガマンせよと、(豪:豪気、任侠の意)

野垂れ死にして葬られることもないこの身、お前たちを逃れることなどできないのだからと

水声激激 水声 激激たり
蒲葦冥冥 蒲葦 冥冥たり
梟騎戰鬥死 梟騎 戰鬥して死し
駑馬徘徊鳴 駑馬 徘徊して鳴く
梁築室 梁は室を築くに
何以南 何を以て南し
何以北 何を以て北する
禾黍不獲君何食 禾黍獲らずば君何をか食はん
願為忠臣安可得 忠臣たらんことを願ふとも安んぞ得べけん

水声が激しく響く、蒲や葦が生い茂る、騎士が倒れて死せば、馬は主を失っていななく、

この男は腕のよい大工、立派な家を築く能があるのに、どうして南に北に戦い続けねばならぬのか、

実りはあっても収穫をするものがいなければ、君主といえども食を得ることはできぬ、忠臣として働き続けようとしても、収穫ができぬようでは長続きするものではない

思子良臣 子の良臣たらんことを思ふ
良臣誠可思 良臣誠に思ふべし
朝行出攻 朝に行き出でて攻め
暮不夜歸 暮に夜歸らず

泰平の世にあって良臣してつとめたいものだ、それこそ望ましいことではあるが、いまはこうして、朝に戦闘に奮い立ち、夕べには帰らぬ人となる

漢詩と中国文化 楽府歌辞:戦城南より

戦城南自体はもともと漢文の詩ですが、みたところ歌詞の意味合いもほぼ同じ。

白銀の墟 玄の月においては小野不由美さんが日本語訳したのでしょうか。結構語呂もよくて、小野不由美先生自身で節もつけてありそうです。

歌自体に符丁ではなさそう

白銀の墟 玄の月 第一巻でこの歌が出てくる3回のうち2回は冒頭部分が「 ……で戦って 」「 ……で死んだのさ…… 」といった思わせぶりな形で伏せてあります。

削られているのが場所を示す部分だけに決起を地名を示す秘密の符丁とか考察してみましたが、英章軍の項梁も臥信軍の静之も特別そこには反応していないので、恐らく違うのでしょう。

そこは思わせぶりで、単純に小さく響く歌の音量を表現するための演出かもしれません。もしなにかしらの符丁があったとしても、少なくとも驍宗軍全体が知っている符丁ではない。

とはいえ、いまのところ驍宗派閥の兵卒くずれが同志に自身の存在をそれとなく伝えるにはうってつけの歌になっています。実際、白銀の墟 玄の月 第二巻ではこの曲のおかげで李斎と静之は出会えました。

白銀の墟 玄の月序盤で園糸親子のために項梁が暗器の笛で吹いていた曲も戦場南と思われます。各地を転々としながら、暗に自分が元兵卒であるとアピールすることで同志を見つけようとしていたのでしょう。

園糸は項梁の笛をあまりうまくとはいえない、と評していましたけど、笛と吹き手が悪いだけじゃなくて、もとが酔ってがなり立てるような歌だからうまいも下手もなかったのかもしれませんね。

ちなみに、本来の戦城南において城の南と郭の北は特定の場所を指すのではなく、東奔西走的な意味でアチコチに忙しく転戦している様を表現した歌詞です。

第三巻・第四巻への死亡フラグ?

歌詞からして不吉な戦場南ですが、実際ひとつの死亡フラグとして成り立っています。

驍宗が死んだとしながら終わった第二巻ラストが戦場南の冒頭の一節

城の南で戦って、郭(とりで)の北で死んだのさ
野垂れ死にしてそのまんま、あとは烏が喰らうだけ

で締めくくられているんです。

普通に考えればラストを飾るのなら冒頭ではなく最後の一節でしょう。しかし第二巻ではあえて冒頭の一節を使っているあたり、戦場南の末尾一節はまだとっておきと考えられる。

となれば、第四巻(第三巻?)のラストを締めくくる言葉として

朝にぴんしゃん出掛けて攻めて
暮れて夜には帰らない

が使われるのではないかと。朝にぴんしゃん出掛けて攻めて暮れて夜には出かけない、って完全に誰かの死を示唆する歌詞。驍宗と目される「 主公 」の仇をとるため老安を飛び出した回生が持つ懐刀もあるので、いずれにせよ誰か主要な人物が死ぬのは間違いないと考えていいでしょう。第一巻・第二巻ではられた伏線とフラグのなかに死亡フラグもしれ~っと立っちゃってる。おお怖い。

順当なら回生が懐刀を突き立てる仇は阿選。しかし、仮に老安で死んだ回生の主公が驍宗ではないとしたら、驍宗すら回生の仇討ちの対象になりかねないんですよね。あと泰麒も危ない。

そして誰かが死に、戦城南の末尾で締めくくられかも、というフラグ。これは不吉です。

ただでさえ不穏な空気が流れ続ける白銀の墟 玄の月、どう完結し幕を下ろすか、全く予断を許しません。

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