阿選はなぜ謀反を起こしたか【十二国記 白銀の墟 玄の月】
2019年に発売された新作白銀の墟 玄の月にてようやくの終わりを見た戴の物語。黄昏の岸で十数年待ち呆けた私にとっては長く厳しい冬の雪解けでしたが、一点だけ腑に落ちなかった点が。
そもそも阿選はなぜ謀反を起こしたか。妖魔まで抱き込んで謀反、多くの者が失敗してきた穴も埋め、偽王としてはほぼ理想的ともいえる状況を作り出しておきながらの棄民と国土の破壊。やってること滅茶苦茶です。
謀反以外に選択肢がなかった
新潮社十二国記公式ページより ©小野不由美 / 新潮社
突き詰めめれば阿選謀反の動機は驍宗に勝ちたかっただけ。ただそれだけです。決して阿選自身が玉座が欲しかったわけではなく、国を統治したかったわけでもありません。
目的は驍宗に勝つことで、玉座に座ることはあくまでも手段しかありませんでした。驍宗が得た玉座に阿選も座ることで、驍宗より優れていると証明したかっただけ。僕が一番ガンダム 国をうまく使えるんだ!
しかし驍宗と同姓の阿選は正当な次王にはなれず、民に比べてもらうことも叶わない。王は死ぬまで王である以上、阿選が驍宗と勝負する方法が謀反以外になかったのです。
こうした阿選の心情は白銀の墟 玄の月本編中にきちんと書かれていたのですが、率直なところあまりにめんどくさい男心が受け付けず、ちゃんと頭に入ってきてなかった。
その辺の経緯もまとめます。簡単に言ってしまえば、挫折したことがなく負けを認められない阿選の性格、小さな思い違い、国も王も麒麟も尊ばず天意に興味を持つ琅燦の存在。これらが複雑に絡み合った結果と言えます。
動機は嫉妬ではなく絶望感
作中、くどいほどに語られることではありますが、阿選が驍宗に抱いた感情は嫉妬ではありません。阿選自身「 嫉妬と自覚していないだけかもしれないが 」と前置きしながらも、嫉妬ではないと考えていました。
むしろ阿選は、驍宗と争うことを苦痛に感じ逃げたがっていた節すらあります。しかし驍宗が麒麟に選ばれるという覆しようのない差がついてもまだ、阿選は負けを認めることができず閉塞感と絶望感に苛まれます。
上下は決したのだ。もう無駄な敵愾心を抱く必要はない。しかしながら麾下は納得していない。一部に頑強に阿選と驍宗を比べる勢力がいる。やはり阿選は忘れさせてはもらえなかった。呼吸を奪われている感じー息が詰まる。驍宗がそこにいる限り、阿選は息ができない。
白銀の墟 玄の月 第3巻 小野不由美 著/新潮社
阿選がどう足掻いても驍宗に成り代わることはできない、と琅燦に断言されたあの運命の日、阿選が感じたのは絶対に嫉妬などではなかった。
ーー強いて言うなら暗黒だ。
ずっと紛い物と呼ばれるのだ、という絶望と、それを決して超えることはできないのだという虚無感。息が詰まって堪らないが、如何あってもそこから逃れられない。
だから阿選は起ったのだ。
白銀の墟 玄の月 第3巻より 小野不由美 著/新潮社
思い違いひとつで堕ちていった阿選
当初、阿選は驍宗の存在と競い合いを心から楽しんでいました。軍人としては先輩の阿選ですが、あとからやってきたクソ生意気な新人に自身の大学卒業・昇進記録を抜かれ、双璧と並び称されてもイヤな気分はしなかったようです。
むしろ、他人の評は気にせず自身を高めてることに注力してきた阿選にとって、同じくストイックに上だけを目指す驍宗の存在は好ましいものでした。さすが阿選、足を引っ張り合うような凡人どもとは違う。
しかしあるとき、禁軍将軍として名実ともに阿選と並んでいた驍宗が「 重税を課された民の叛乱にこそ道理がある 」として鎮圧出兵の命を拒否。将軍職も仙籍も返上して下野したことが、阿選に衝撃を与えます。
ー好敵手だと喜んでいたのは、自分だけだったのかもしれない。
功を争う好敵手だと驍宗が思っていたなら、あっさりその機会を投げ捨てることなどするだろうか。ひょっとしたら、競っているつもりだったのは、阿選だけだったのではないだろうか。
(中略)
身の置き所がないほどの羞恥を感じた。屈辱感、自身に対する嫌悪と怒り。
ー驍宗に対する憎悪が生まれた瞬間だった。
白銀の墟 玄の月 第3巻より 小野不由美 著/新潮社
これまで誰かに負けたこともなく挫折も味わったこともなかった阿選にとってはじめて屈辱感です。ここではじめて驍宗に負けることを意識した阿選は、負けた方が勝った方の「 紛い物 」「 影 」となることに思い当たります。阿選にとってそれは許されないことでした。
ここから驍宗との競い合いはただの苦痛と化していきます。
「 自分は驍宗の眼中になかった 」とショックを受けた時点で、阿選は驍宗を意識するあまり自分自身を見失っていたといえます。本来、阿選のスタンスは「 他人の評など気にせず、自身を高める 」ことを旨にしていたはずです。
であれば、驍宗の眼中になかったことを気に病むべきではなかった。「 驍宗の紛い物 」と呼ばれたってなんのその、阿選派阿選として自分を高めていけばよかった。驍宗にこだわるあまり、阿選は本来の自分自身を見失いつつあっていたのです。
常に戴と民を想った驍宗と、無敗にこだわった阿選
阿選と驍宗の決定的な差は、常に戴と民を想って行動していた驍宗に対し、阿選はただ驍宗の勝負に執着した点です。
驍宗は将軍として戴のために働きながらも、轍囲のように民に道理があればあえて負けることもありました。その判断の拠り所は道理に求めています。驍宗自身が王になる決心をし昇山したのも名誉などではなく、戴のためを想ってのことでした。
なので王になる前から準備する発想があったし、王になれないと知ったときは準備したものを次王に残し、リスク要因となる驍宗自身は戴を出る決心までしてしまう。王になったあとも国を立て直すべく苛烈なほどの手腕を発揮しています。
一方の阿選は国のためではなく、ひたすら自身を高めるためだけに功を立ててきました。驍宗と対峙してからはただ勝つことだけに執着しています。だからこそ無敗にこだわり、民相手の道理なき出兵も喜び勇んで勝利を収めています(戦い方の節度は守っていたようですが)。驍宗の次王になろうと決心したのも、ただ驍宗より優れていることを証明するためでした。
さらにいえば、阿選に「 簒奪したくなったら国のためにならないので戴を出る 」なんて発想はありません。むしろ「 戴を出ることは負けを認めることなのでできない 」状態に陥っています。
戴を出ようと思ったこともある。だが、できなかった。驍宗の紛い物でしかない自分を認める行為だからだ。
白銀の墟 玄の月 第3巻より 小野不由美 著/新潮社
この姿勢の違いこそが、能力のうえでは互角だった驍宗と阿選の優劣を決定つけた要因となったのでしょう。
実際に天意がどのように王を選ぶか不明なので願望混じりの考察ですが、阿選が「 自分も昇山していれば 」と後悔していた通り、実は天もまだ驍宗か阿選かを決めかねていた可能性もあります。だからこそ泰麒は一度は驍宗が王だと断言できなかった。
このときまだ、内心こじらせた阿選の問題も表出してはいませんでした。むしろ、国の荒廃を防ぐため戴に居残った無敗の将軍 阿選こそ王に相応しいと天が判断してもおかしくはありません。一方、驍宗は道理のためだったとはいえ職務放棄をした問題児でもあります。
最終的に驍宗が王に選ばれたのは「 泰麒に選ばれなかった自分は戴を出る 」としたことが決め手になったと考えられます。「 戴にとって危険な自分は国を出るし、準備してきたものは残す 」と最後まで戴の国益を考えた決心をしたことで、天意の天秤が驍宗へ傾いたのではないでしょうか。驍宗の「 戴を出る 」発言が泰麒を突き動かしたのも、そうした経緯を暗示しているように思えます。
結果、自縄自縛になった阿選
あとは描かれた通り。結果的に謀反は成功させるも、偽王になることが目的ではなかった阿選はすぐに飽きてしまいます。
なにせ最大の目的だった「 阿選の方が優れている 」がまったく達成できない。むしろ、践祚したばかりでこれといった失策のなかった驍宗は神聖化され、阿選は些細な失策でも「 驍宗なら 」と言われてしまう。
目の前にいないのに、「驍宗なら」と言われる。短い在位期間の末、追い落とされた驍宗はもう失敗することがない。「新王即位」の期待感を持ったまま、失望されることなくーーむしろ年々美化されながら永遠にその地位に留まり続ける。そうなることは分かり切っていたはずーーなのに予見できなかった自分の過ち。
白銀の墟 玄の月 第3巻 小野不由美 著/新潮社
正頼によって国幣を奪われ、謀反で使った妖魔が同族を呼んで国が荒れまくり。しかも天の加護もなく国の運営はベリーハードモード。その状況で驍宗で比べられるのだから辛いところですが、阿選の自業自得。
自省しても遅し。
まとめ:阿選が謀反を起こした理由
- 阿選の目的は王になることではなく驍宗より優れていることを証明すること
- やり方の拙さもあり(天意もあり?)、阿選は目的も果たせず退くこともできない状況に
最終的に阿選は案作の計にのって驍宗を簒奪者として貶めることで自分の方が優れていたと民に認めさせる策に出ます。いずれは破綻するであろう危険な策ですが、一時的にせよ自尊心を満たしたかったのでしょう。
しかも麾下は謀反に駆り出さなかったはずが、帰泉を傀儡にして捨て駒に。とことん堕ちるところまで堕ちた阿選は、最後まで麾下に慕われた驍宗に勝つことができませんでした。
なんにせよこれは声を大にして言える。驍宗を選んだ泰麒は悪くない!
むしろ、自分が優れていることを証明するために国を傾けるような阿選を選ばなくてよかった。ただの小物だったらまだよかったのですが、なまじ能力があったばかりに被害が大きくなってしまった。余計質が悪い。琅燦の協力あってのことだけれど。
ちなみに琅燦の動機についても別途記事に起こしてあります。よろしければこちらも併せてご覧ください。
ディスカッション
コメント一覧
お久しぶりです。
阿選の謀反に関しての考察楽しく読ませていただきました。
同じ部分を読んでいてもやはり人それぞれ違う解釈があるんだなと改めて面白く思いました。
私としては阿選は敗北じゃなく孤独に負けた人という解釈です。
「ー好敵手だと喜んでいたのは、自分だけだったのかもしれない。
功を争う好敵手だと驍宗が思っていたなら、あっさりその機会を投げ捨てることなどするだろうか。ひょっとしたら、競っているつもりだったのは、阿選だけだったのではないだろうか。」
阿選が勝ち負けよりもショックだったのが好敵手だと意識しているのが自分だけで相手は全く意識していなかったからショックを受けた。
強敵とかいてともと読むような存在が手に入れたとおもったら実は勘違いと感じたことから絶望が始まったと思っております。
泰麒が強敵となって帰ってきて阿選が喜んでいる描写があるのも根拠の一つとなっています。
(強敵きょうてきもしくはとも)ピクシブ百科事典より一部引用
「『北斗の拳』における強敵は、敵として対峙しつつもその拳による闘いを通して己の能力を高めてくれる存在がそのように称され、ライバル(好敵手もしくは宿敵)に近い存在といえる。主人公・ケンシロウは多くの強敵との闘いを通し成長し、その闘いに散った魂は彼の中に生き続けていると語り、「強敵(とも)」とルビのふられたセリフを口にする。
中略
一方、ケンシロウの兄で作中における最大の敵の一人でもあるラオウは「俺にとっての強敵はトキしかいなかった」と最終決戦後に発言しており、あまりに強靭だった故に己の実力に見合う相手が、共に拳を学び育った実弟しかいなかった哀しみを吐露している。
(強敵がいなかっただけで友人がいなかったわけではないのであしからず。)」
敗北よりも相手にされていないことがショックだったのだから二人で酒でも飲みかわしながら話せば相手にされていないという誤解は解け謀反はなかったかもしれないと思います。
「驍宗を選んだあなたが悪い」
強敵(とも)になれたかもしれない可能性を0にした泰麒が悪いと解釈できなくもないです。
驍宗も部下に親しまれてはいますが、悩みを話せるような仲間はいないような気がします。
同じ目線で見ることができる人がいないから、相談相手もいないような気がします。
阿選がその相談相手となるべきだったのに、謀反を起こしてしまい、泰麒が過酷な経験を経て相談相手になれるまで成長する必要があったかもと考えてしまいます。
いまだに心が十二国記から帰ってくることができない今日この頃です。
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