【白銀の墟 玄の月】阿選が絶対にアレを受け得ない理由

2020年2月21日

本記事は十二国記の新刊 白銀の墟 玄の月 第一巻、第二巻を読んだ方向けの記事です。

超絶ネタバレを含むのでまだ二巻まで読了されていない方はご覧にならないよう。

目次も開かないことをオススメします。

ヒントをお出しするならば、白銀の墟 玄の月のある伏線は風の海 迷宮の岸・黄昏の岸 暁の天の巻末と風の万里 黎明の空 下巻をよく読み込むとわかるあのこと、です。

本編で明かされたなかったとある理由

白銀の墟玄の月第四巻表紙の阿選

新潮社十二国記公式ページより ©️小野不由美 / 新潮社

ほのめかされまくった阿選の「 理由 」。

天意のためか麒麟の欺瞞か。泰麒の思い切った行動により複雑な利害関係を露わにした白銀の墟 玄の月。

今回のテーマは、「 本来なら阿選が絶対に次王たり得ない理由 」についてです。

白銀の墟 玄の月の第二巻では琅燦によって阿選が簒奪者であることを抜きにしても絶対に次王になり得ない理由があると示唆されています。

その理由は白銀の墟 玄の月第二巻までの時点では結局伏せられたままですが、実は既刊でそのヒントが示されていました。

事実関係の整理

まず白銀の墟 玄の月での事実関係と状況を整理すると、

  • 驍宗は生きているのに、阿選に王としての天意があると泰麒が発言
  • しかし先王が生きている状況では新王即位はあり得ないので、驍宗の禅譲が必要と発言
  • 阿選に王として民を治めさせ、白圭宮で瑞州侯としての地位を取り戻すための演技?
  • 泰麒の面前に驍宗を連れて来させるための嘘?

現状では泰麒の言動が欺瞞か本当に天意なのかかが濁されています。本当に阿選が次王なのか、それとも泰麒が民のため政を行うための欺瞞なのか。はたまた、驍宗を連れて来させて取り返すためなのかもしれない。

ただ、阿選側についていた琅燦は泰麒の言動をこう解釈しました。

  • 天としても政が放置され民が苦しんでいる戴の現状をよしとはしない。
  • しかし驍宗自身に非はないため、天が積極的に驍宗を排除することはできない。
  • 阿選側としても新王が立っては都合が悪いため驍宗の命を奪おうとは考えていない。
  • そこで天は、驍宗を禅譲させたら阿選を次王にしてやる、と持ちかけている。

琅燦の思わせぶりな「 阿選が次王に選ばれ得ない理由 」発言

この解釈の真偽のほどは置いといて、今回のテーマ琅燦による思わせぶりなセリフに戻りましょう。

白銀の墟 玄の月 第二巻から引用します。

「いわば、天は泰麒を介して取引を持ちかけてきているんだ。阿選の権を持って驍宗様に禅譲させれば、代わりに次の天命を下す、って」

張運は唸った。

「では、驍宗に禅譲させる、これは絶対条件か。」

だろうね、と琅燦は頷いた。

「たぶん他の選択肢はない。ほかの手段を取って驍宗様を排除すれば、天は大手を振って天命の在処を変えるだろう。そのとき、たぶん阿選はその中に含まれない。なにしろ、天を悩ませている張本人だし、しかも阿選にはほかにも選ばれ得ない理由がある」

「理由、とは?」

張運の問いに、琅燦は答えなかった。

小野不由美著 新潮文庫 完全版 十二国記 白銀の墟 玄の月第二巻より

そこまで言って答えてやらないんかーい

天を悩ませている張本人、の意味はつまり天命を受けた正当な王である驍宗を排して偽王でい続けていることでしょう。

しかしそれ以外にも理由があるとしながらも、張運(と我々蓬莱人)の疑問には答えてくれない。なんて思わせぶりなんでしょう、琅燦さん。

その理由は既刊にヒントがあった

張運がかわいそうなので私が代わりにお答えします。張運に届けこの想い。

この思わせぶりな「 理由 」は第三巻・第四巻で明らかになるのでしょうけども、実は既刊にもヒントがありました。

結論から申し上げれば、「 阿選は驍宗と同じ朴姓のため天命が次王に選ぶことはない 」です。

十二国記の登場人物って姓名ではなく氏字で呼ばれるのが通常。しかし、王や偽王らの姓名は各巻末に記載されています。

まず黄昏の岸 暁の天の巻末。

(前略)

丈阿選は禁軍右翼に在りて本姓は朴、名を高、兵を能くして幻術に通ず。非道を以て九州を蹂躙し、位を簒奪す。

(後略)

『戴史乍書』

小野不由美著 新潮文庫 完全版 十二国記 黄昏の岸 暁の天巻末より

阿選の姓名は朴高(ぼくこう)。

続いて風の海 迷宮の岸の巻末を見てみましょう。

(前略)

驍宗、本姓は朴、名は綜、呀嶺の人なり。

(後略)

『戴史乍書』

小野不由美著 新潮文庫 完全版 十二国記 風の海 迷宮の岸巻末より

驍宗は朴綜(ぼくそう)。

そう、驍宗も阿選も同じ朴姓なんです。

同じ姓であることには実は大きな意味があります。天が次王を選ぶ際に先王と同じ姓のものを選ぶことはないのです。逆にいえば姓にはこれくらいしか意味がないらしい。だから、姓名では名乗らず氏字で名乗るのが一般的になっているとか。

この辺りは陽子が王として大きく成長する物語、風の万里 黎明の空にて遠甫が語っています。

「陽子には珍しかろう。ーー血統などということを言う者もおらんな。陽子の言う血統に当たるのは同姓かの。婚姻すればどちらかがどちらかの籍に入る。本人たちの姓は変わらんが、戸籍がどちらかの許に統合されるのじゃ。子供は必ずその統合された戸籍にある姓を継ぐ。これには意義がある。天が天命を革めるにあたって、同姓のものが天命を受けることはないからじゃ」

「親が離縁したからといって、変わったりはせんし、自分が婚姻しても変わらんな。じゃから、人は固有の氏を持つ。姓にはそれだけの意味しかないからじゃ」

小野不由美著 新潮文庫 完全版 十二国記 風の万里 黎明の空 P.71より

つまり、同姓のものが続いて天命を受けて王になることはない。姓にはそれくらいの意味しかないのだから、これはまず遵守されると考えていいでしょう。実際これまで同姓が続けて王となった例はないと遠甫は語っています。

(そもそもなぜこのルールがあるのかは不思議。世襲制の偽王を防ぐため?)

なので、阿選が弑逆の偽王であったことを抜きにしても驍宗と同じ朴姓をもつ阿選が天命によって次王に選ばれることは本来あり得ないのことなのです。

琅燦がいう通常では阿選が天命を受けることはない「 理由 」とはこのことでしょう。

同性が天命を受けないことはあまり知られていない?

そもそも姓の意味を語ったのは天地の成り立ちに詳しい遠甫だけですし、白銀の墟 玄の月でその意味に気づいていたのは琅燦のみ。おそらくあまり知られていないことで、松塾の長で天地の成り立ちに詳しい遠甫とや博識な琅燦くらいでないと知らない事実なのでしょう。

そういう意味では、琅燦が張運に対してこの理由を伏せたこと自体、少なくともこの場面では泰麒の味方をしたと考えても良さそうです。

張運が知ったら「 では阿選が次王に選ばれる可能性自体が低いのだから、やはり泰麒の欺瞞ではないか 」と言い出すに決まっています。本当に天が取引を持ちかけているのだとしても、慣例にないことは張運ら官僚には受け入れがたいはずです。

その点、琅燦は少なくともこの場面では泰麒の味方をしたわけです。ただ、琅燦の性格を考えると泰麒の味方をしたのではなく、天の意向を知りたい自身の知的探究心から伏せただけのようにも思えますが。

思わせぶりは琅燦のほかにもう一人

どういうわけか泰麒の護衛の一人となった少女、耶利が「 主公 」を主と仰ぐ何者かもまた、白銀の墟 玄の月作中で阿選が次王ではあり得ない、としています。

「私と台輔の利害が衝突することはない。私は戴を救いたい。国を救い、民を救い、その頂点にある玉座に驍宗様にいていただきたい。ーー願うことは同じだ」

「台輔は阿選を王だと名指ししたのでは?」

「あり得ない。驍宗様が崩じる以前に次王が選ばれることはないし、もしも不幸にして驍宗様が崩じられたとしても、阿選が選ばれることはない

小野不由美著 新潮文庫 完全版 十二国記 白銀の墟 玄の月第二巻より

ここでは阿選が謀反を起こした兇賊だから天命が下ることはない、としてはいますが、恐らくはこの者も姓について気づいていたのではないでしょうか。麒麟のことを知りながら欺瞞であると言い切るには、ある程度の見識は必要なはずです。

というか、この思わせぶりな耶利の主公=琅燦の可能性も高いように思えるんですよね。驍宗に様をつけ阿選を呼び捨す人物で、宮中にそれなりの影響力を持つ人物といえばいまのところ琅燦くらいしか思い浮かばない。あとはまだ登場していない臥信・正頼あたり。話変わるけど疑惑の霜元はどこへやら。

まとめ:阿選が「 天命 」を受け得ない理由

  • 阿選の姓は驍宗と同じ朴。
  • 同じ姓を持つものが続けて王に選ばれることはなく、実例もない。
  • なので、謀反を起こしたことを抜きにしても阿選が驍宗の次に王として天命を受けることはあり得ない。

驍宗と阿選が同姓なことは結構前から指摘されていて、私も「 驍宗と阿選は生き別れの兄弟で、だから武人としても顔もなんとなく似ているし、隠された確執があって阿選は謀反を起こした 」なんて妄想したものです。

(いま思えば十二国世界では血縁で似たりはしないので顔が似てる云々は関係ないけれど)

泰麒の言と琅燦の解釈が本当なら、天は今回それこそ頭をかきむしるほど悩んで同姓が連続で天命を受けることを解禁した、ということなるのでしょうか。確かにそうでもしないと戴の現状は是正されそうにもないですから。

ただ、そうなると白銀の墟 玄の月 第二巻のラストで明かされたあの衝撃的な事実でまたいろいろひっくり返っちゃう。そもそもそれが本当なのか。なにか重要な前提からして隠されているように思えます。

にしても、なんて複雑に絡み合っていくんでしょう、十二国記の戴の物語は。正頼が黒幕なんてわかりやすい説なんか唱えてた自分が恥ずかしいほどです。